遊んでばかりで近所の手前もあり自衛隊に入隊

アマチュア無線
自衛隊

当時住んでいたのは香川県の善通寺市であり、駐屯地もあり勧誘も盛んでした。
もう何十年も昔のことであり定かには覚えておりませんが、入隊は簡単だった記憶があり、職種は無線機を作ったり壊したりしていましたので通信を希望しました。
結果職種は無線整備となりました。

新隊員には前期と後期の教育があり、前期の教育はそのまま善通寺で受けました。前期の教育期間中の夜中に虫垂炎にかかり大変な目にあいました。
結局善通寺市内の整形外科に入院し、手術をしていただきました。
前期の教育を終え後期の教育は無線整備で横須賀基地で専門性があるという事で、通常10週間のところを13週間受けました。

善通寺もかって乃木将軍のおられたところで、それなりの規模でしたが、横須賀基地は比べ物にならないほどで、幹部自衛官もゴロゴロです。

学科は当時の3通のテキストで実地は未経験者は5球スーパーの組み立てと調整。経験者はFMチューナーの組み立てと調整でした。
調整には台車に載った巨大なSSGでした。
教材は新品だったので、みんなで組み立てた5球スーパーやFMチューナーの行き先が気になるところです。

前後期の教育を終え最終的には豊川駐屯地に配属となりました。
第10施設大隊本部管理中隊の通信担当です。
小さな部隊なので所属した通信班は15.6人だったと記憶しています。
無線整備といってもはんだごてを振りかざすじゃなく、無線機を磨くことと真空管の交換くらいです。
先に述べたように少人数の通信班なので、後に通信(トンツー)、信務(暗号)、整備とすべてを受け持つ事になります。

電鍵

ただ素行は芳しくなく、昼間に駐屯地内で麻雀をしているのを見つかりお叱りを受けたこともあります。
当然麻雀だから相手もおりましたが職種が違ったので、どうなったかは存じません。
そんな訳で昇任も2士からⅠ士はなんとかなったのですが、Ⅰ士から士長への昇進で普段の素行が問題になりました。
そこで直属の上司が一計を案じて事前に行われた富士総合演習で通信を担当しましたので、そこで大隊長からお褒めの言葉を頂戴し「大隊長表彰」という奇手を講じました。

士長になると「大隊長表彰」という金看板が威力を発揮したか定かではありませんが、大隊の4個中隊の新人通信員の教育を仰せつかりました。
教育は午前中だけで午後からは各自の所属部隊に復帰します。
20人ほどで三か月行いました。

エラー: コンタクトフォームが見つかりません。

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